パラレル。

ちりんちりんと鈴が鳴る。
千珠のお寺の鈴が鳴る。
朱い夕焼け、鴉の黒羽。
鴉が鳴くから帰りましょ。
遠くに聞こえる可愛い声。
声はすれども姿が見えぬ。
小さな足跡、小さな手鞠。
ころりと転がり、持ち主は何処。
一陣の風は木立を揺らす。
葉擦れを鳴らし、鈴を鳴らし。
この鈴を付けていた、あの子は何処。
ちりんちりんと鈴が鳴る。
伸びる影。黒い影。
影は見えても姿は見えぬ。
誰そ彼、彼は誰。
黄昏時に、漆黒の髪揺らして天狗が笑う。
仲間がまた一人。また一人。
此の子はいただいた、と笑う声。
天狗は地を守り、珠を守る。
神隠しはこの地の常。
子は失のうても致し方ない。
千珠の寺には千の珠。
千の珠は千の魂。
千の天狗の宝珠にござる。
千の宝珠をひとつに繋いで、綺麗な綺麗な数珠を一連。
千から一へ、一は千。
綺麗な数珠は堂の中。
この地を守るが宝珠の役目。

ひとつも欠けてはなりませぬ。

ひとつも無くしてはなりませぬ。



地に空に響く低い鐘の音。
鎮守の社の鐘が鳴る。
深い森の何処か判らぬ、木立の奥でひっそりと。
逢魔ヶ時の細い道。
道行きは何卒ご用心。
かごめかごめで神隠し。
篭目から覗いて、うしろはだあれ?
もう日が暮れる。夜はすぐ其処。
薄闇に沈む、あれは何。あれは何。
鎮守の社の鐘が鳴る。
早くお帰りと鐘が鳴る。
鎮守の森は鎮呪の守。
呪を治めてございます。
九尾の狐の忌むべき呪。
此処の地で、此処の血で。しっかと留めて。
忌子申し子寧ろ神子か。
一人の幼子が其の肉を贄に、己の身の内に収めてござる。
狐を其の身に収めてござる。
呪を身に受け、其の子は育つ。
育ち育ちて数えで十二。
元服の儀に相成りまして、困るは其の身の狐の魂。
元服させるかいやさせまいか。
させてはきっと呪は強まる。
儀により力は増しましょう。
させねばきっと子は死ぬる。
祝詞を受けねば気が弱る。
さてはて困ったいかがしょう。

この地を守るは社の役目。

この血を守るも社の役目。



とおりゃんせ、とおりゃんせ。
白い髪した鬼子が通る。
はよ行けはよ行け 此処から去ね。
此れは天神様への通り道。
ぬしの通る道ではござらぬぞ。
悪事禍事は全て其の、異形のなりが呼んだもの。
そんななりをして何処へ行く。
何処へ行っても、鬼子は鬼子。
誰もが避けて逃げるだろうに。
神社に行くとな。
ほ、これはまた。
其の顔 ご覧になったらば、天神様とて逃げ出そうぞ。
赤目青目に、其の銀の髪。
異形過ぎるにも程が有る。
とおりゃんせ、とおりゃんせ。
鬼子は黙って通り過ぎ、里の者は囃し嘲る。
皆で嘲笑って、罵り立てる。
俯き歩く其の背中を。
鬼子が向かうは昼なお暗い、暗い暗い森の奥。
天狗の森の其の片隅に、打ち捨てられたる小さな神社。
小さな神社の小さな社。
天神様を奉ってござる。
天神様には小さな太鼓。
とんとことんとん。
叩くのはだあれ。
幽かに響くは古森の木陰。
黒い影が見いえた。
ほらごらん。
太鼓鳴らして魔を払え。
払い払いて清めの太鼓。
鳴らすはだあれ。だあれ。
木立の高みに黒い影。
笑う声。
夕風揺らす、銀の髪。
誰そ彼時は逢魔ヶ時。
鬼火迷い火、此処は何処?
鬼子は、ぽつんと途方に暮れる。
此処は何処の細道だろか。
捨て子迷い子、何処へ行く。

鬼子が行くは、森の奥。

天狗が住まう、森の奥。



そうして今日も、日が暮れる。



白彼岸





20041028
続きます。