その気持ち、そのままに。

声を聞かせて唄を聴かせて。

好きだと言って。
唄って。ねえ唄って。

あなただけ。



ヴォイス


雪が降っている、と思った。


目の端をひらひらと掠める白い物、柔らかく降るそれはよくよく見てみれば小さな花弁が散って落ちる様で、考えれば真夏に雪なぞ降る筈も無く、カカシは不意に笑いが込み上げて往来でくっくと肩を揺らして笑った。
しかし夏だというのに降るその花弁は見上げてみればなんとも時期外れな白い藤、どうした事か狂い咲きか、深く青い空に白が奇妙に映えて美しくただ、花はそこに咲いているのだった。
そういえば、とふと思う。
そういえばあの日、風の強く吹いていたあの日の夕暮に、もう思い出せないのだけれどこんな白い藤をあの時も見た気がする、誰かと。
誰かと、一緒に。
茜の空と雪のような白、そんな残像が眼の奥にどうにもちらついて、カカシは一つ大きく頭を振った。
今の頭上は、黒いほどに深い青。真夏の群青の空。
照りつける陽光に、そこに在る物全て、足元には文字通り黒々と影を落として、世界はしんと佇んで太陽に焼き尽くされているようだった。
道の先に陽炎が立っている。
ゆらゆら、ゆらゆらと全てが歪み、揺れてまるで足元すらなにもないただ一人虚空に居るような、錯覚。
知らず肩口に数枚、花弁が舞い落ちて服を白く彩る。
ふと気付けば何事もなく、相変わらず世界は時間を伴って自分の指の先から逃げていくだけなのだ、なんだそれだけの事だ、と思う。
服に引っかかっていた白い花弁を一つ手で摘むと、それをひらひらと足元に落とし、また一枚、また一枚。
その藤の古木は大きく枝を張り葉を茂らせ、何とも見事に立っていた。ひっそりとした辻に。
真下に立って上を見上げる。仰ぐその顔の上にも、髪の上にも、花は降る。銀のような髪よりなお、真白な花が降る。時の流れを視覚認知する。
鮮やかな、真夏の青。
今は風も無く、花はそうしている間にも優しく降り続け、路傍の石すらも白く染めてゆく。
あの時。風に強く揺らされて、一面藤の花弁に覆われた視界の中。

誰と一緒だったのだっけ。

ざざ、と風が吹く。突然目の前が真っ白になり、何も見えない。
ちらりと覗く先に、茜色の空。

夕暮。
ほらおいで、と呼ばれ手を握られた。
誰かの体温を感じるのはとても苦手だ。人の温もりを知ってしまうと、その温もりを知らず求めてしまうから。
己の手でその温もりを奪う事を厭い、そして消えてゆくそれを嘆き悲しんでしまうから。
だから手を振り払う、振り払われてもその人はさして嫌そうな顔をするわけでもなく、一瞬悲しそうな目をして、じゃあね並んで歩こうか、と微笑んだ。
背中から柔らかな夕日が照らす。
影は長く足元から続き、実際の身長よりずっと遠いところで輪郭のぼけたその人の影がこちらを向いてまた優しく微笑む。錯覚。
…誰?
顔は見えない。ゆるりと穏やかに日が暮れる。夕闇が薄く墨を刷いたように、全てを曖昧にしてしまう。
風にひとつ、白い花弁が舞い来た。
ああ、雪かと思った。
まさか今は夏なのに、と呆れた風にそちらを見やる。声の主は少し照れたように笑う。
…誰?
風はまだ吹き、雪のようにひらひら、ひらひらと白い花弁はどんどん舞って、飛んでいく。
まるで風花。
振り返れば西の空、まだ茜を残した雲のたなびいた空に、白が滲むように淡く消えていく、ああなんて。ああなんて鮮やかな。





20040920
途中。