Kiss me, my sweet cherry blossom.

ほらね、と微笑んで指差したあなたのその仕草とか。
春の陽射しに透けて揺れていた、柔らかな髪の色だとか。

覚えているのは、そんな他愛も無い事ばかり。





この春の空に、あなたと







思い出すらも淡く滲んで霞む。
そんな、春の日の出来事。

ねえほら雨みたい、と言ってはしゃいでいた、雨というより雪だろうと、こちらが半ば呆れたように眺めるのも意に介さずに。ああなんて物を知らないのだろう、表現力が無いのか、情緒に問題があるのだろうか、全くこの人が子供達を教育するだなんて、どうかしている。ほわりほわりと春の日差しは万物に優しく降り注ぎ、表現力欠如の上忍が浮かれたように踊り回るその大木の下、光と共に降るのはさながら雪の舞うかのような、桜の花弁の大群であった。
柔らかに、清らかに。
「ねえほらイルカ先生もおいで」目を細めて天上を仰ぐその人の、仕草は無垢で微笑ましくて、なんとも慎ましく喜びこの春を、謳歌している優しいひとりの人間だった。光が白く髪を透かして、頬に肩に淡い影を描く、柔らかに。鮮やかに。白い花弁が白い髪を彩り、綺麗だなと初めてこの人の事をそう思った。ぼんやりしていたのか、ふと気付くと眼前にあなたの顔があって、思わず一歩あとじさる。「なに見ていたの?」優しい笑顔、ほらと手を引っ張られて、こちらも花の降りしきる中へ連れ込まれる、目の前が、真っ白に霞んで眩んだ。きれいきれいとはしゃぐあなたの、声だけが鮮明に景色に映える、記憶に刻まれる。「ね?」両の手の平で包み込むように、ふわりと髪に触れたあなたの確かな温度が伝わる、きれいきれいというのは面白味もなにも無いこちらの真っ黒の髪に桜の花弁が落ちた、ただそれだけの事だったらしい。ああそうですか良かったですねと、こちらのつれない返答にも幸せそうなその笑顔。風が足元の草を鳴らし、甘く香る。緑の野には黄色い菜の花、オオイヌノフグリ、スズメノテッポウもハコベもタンポポも、風にそよいで揺れている。子供のように愉しげに笑う姿、つられて笑って、それが吃驚するくらい愉しかったので可笑しくて、また笑った。桜の下で。
あとで、「ほらね」と指差された唇には笑った名残の一片がいたずらのように張り付いていてあなたが、キスして欲しいの?なんてくすくす言うものだから一つ殴って、逃げ出した。広い青空。あの空まで行けたならいっぺんくらい、キスしてやろうかなとか考えながら。







2006.04.09