ハッピーハッピー バレンタイン!

大好きな貴方に、甘い甘い贈り物を。





Sweet February







さてどうやら世間は今、バレンタインというものらしい。

イルカはやれやれと、溜息をついた。バレンタインだからである。
なんで毎年、こんなに疲れなければいけないのだろうか。
たとえ幼年部の年端もいかない少女であっても、それでも女であることに違いはない。だからこそ、毎回とても苦労するのである。
イルカだってバレンタインくらい、ちゃんと知っている。
好きな人にチョコレートをあげる日。多少簡略化して覚えてはいるけれど、間違ってはいないだろう。
チョコレートのくだりはお菓子屋の陰謀らしい、でも結構こんな他愛もない風習を、イルカは嫌いではなかった。
数日前から、朝夕に歩く道すがら、どの家の台所から漂ってくるのだろうか甘いチョコレートの香り、ああ今年もこんな季節なんだ、とそれでイルカは毎年この時期を知る。
好きです。好きです。想いを込めて。
彼女達の真剣な思いに水を差すつもりはないのだけれども、だがなかなかに、アカデミーでは毎年壮絶な没収合戦が繰り広げられるのだった。
「学校にお菓子を持ってきちゃいけないって、普段から言ってあるだろう?」
こんな日は特別、なんて通用しない。ルールをきちんと、教えておかなければ大きくなってから苦労するから。
イルカを含め教師一同、心を鬼にして生徒の手から、可愛らしいリボンで飾られた包みを、取り上げる作業にほぼ一日を費やすのである。
少女達がここぞとばかりに隠すテクニックや抜け目なさは、本来ならば天晴れと褒めてあげたいくらい見事だったりするのだけれど。
やれやれ。授業の合間、一息つこうと向かった職員室、がらりと戸を開ければ目の前には、見事に築かれたチョコレートの小山がイルカを出迎えた。
休み時間がくる度に、其処に幾人かが新たな包みを積み重ねて去ってゆく。どうして取り上げられると分かっているのに持って来るんですかね、と呟けば、アカデミーで渡す事に意味があるのよ彼女達には、きっとね。と同僚くノ一が微笑んでイルカの脇をすり抜けて戸の向こうへ去っていった。
ああ彼女も、アカデミー時代には隠す側に全力だったのだろうか、とイルカはそのすらりと歩く後ろ姿を見つめながらそう思った。

そうしてようやく、一日の終わり。
ただいまとイルカが疲れきった身体を我が家の玄関まで運んでみれば、ふわりと暖かな気配、戸を開ければおかえりと優しい声がした。
「ああカカシ先生、来ていたんですか」
履物を脱いで居間へ向かうと、炬燵にあたる上忍の姿、お疲れさまイルカ先生とにこにこ笑って出迎えてくれたのはいつもの事だったけれど、一日の終わり、誰かに出迎えてもらえるのはそれだけで心が幸せに温まって、イルカはにっこり笑って、ただいまカカシ先生、と返したのだった。
やれやれ本当に、長い一日だった。
今日は疲れたでしょう?と笑いながら問うカカシに、毎年の事ですけどね、と苦笑しながらイルカが答える。
とは言え二人には、とりたてて特別な事もない、いつもの夜。風呂の支度しておきましたから、先に入ってきたらいかがです、と言うカカシの言葉に促されて沈んだ湯船の中、ふとイルカは、自分もたまには世間の風習に乗ってみるのも悪くはないんじゃないかと、そう思った。
ああそうだ、そうしよう。
思い付いたらもう、おとなしく風呂に浸かっている気分では無くなって、そそくさと上がると、まだ温まりきらない身体をタオルで拭く。
「気持ち良かったですよ、カカシ先生もどうぞ」
居間に戻ったイルカの、いつにないその早風呂ぶりにカカシは少し目を丸くしたけれど、ではオレも疲れを取ってきましょうかね、なんて笑って風呂へと向かっていった。
さてカカシが風呂に入っているその間に、イルカが向かったのは台所。
一人暮らしの男の家に、チョコレートなんてそうそう無いものだから、どうしようか。頭をひねったイルカは、小鍋でゆっくりとココアを練リ始めた。砂糖と牛乳を加えれば湯気の立った、ココアがカップにちょうど二杯、カカシが風呂から上がったちょうどその時に、なんとも美味そうに出来上がったのだった。
「やあ良いお湯でした。ありがとうございます」からりと笑うカカシが風呂上りだというのにそそくさと炬燵に足を滑り込ませる。こうして親しくなってから知ったのだが、カカシは案外、寒がりだ。はいどうぞ、と、目の前に甘く湯気の立ったカップを置く。「温まりますよ」そう言葉を添えると、全然気付いていないカカシは、ひょいとカップを持ち上げてごくりと一口、あれ?なんだかずいぶんと甘いですね。そんな台詞に少しだけがっかりしてイルカは「そうですか?気のせいですよ」ごくごくと、自分のカップの中身を飲み干した。
「あれあれ、イルカ先生これってバレンタインデー?」やっと気付いたのか、しばらく黙ってココアを飲んでいたカカシがちょっと吃驚して呟いた。
いけませんか?オレだってたまには、こんな事したっていいでしょう。むくれて言うイルカに、へらりと相好を崩してカカシは「わあ嬉しいな。ありがとうイルカ先生」にこにこと笑いかけた。オレイルカ先生からチョコレート貰うの、ホントはちょっと夢だったんですよ。なんて。
「でも毎年苦労しているから、イルカ先生バレンタインなんて嫌いだろうなーって」
明日まで待ってて。オレも特大のチョコレートを買ってきますから。そう言うカカシのちょっと申し訳なさそうな表情にイルカは苦笑して、
「その分ホワイトデーに、返してください」
と、告げたのだった。
一月後、アカデミーではまた生徒と教師の戦いが始まる。
カカシは一体何をお返しにくれるんだろう。
そう考えたら憂鬱なホワイトデーが、イルカには少しだけ待ち遠しかった。







2006.03.09