祈るような仕草も視線も。全て。

ソーリー、ラバーズ。



ゆらゆらと揺れる水面のようだ、そう思った。

ずっと遠くに居るうちからそいつの姿や顔や表情や仕草や、なんとなく分かっていた気がする。
無造作に下ろした右手の、長い骨ばった指に無造作に挟まれた、その煙草の銘柄まで。
ゆらりゆらり、白く薄く、天に昇ってゆく煙。なんだか祈りの儀式のように。
そう思ったのも、微かにきしきしと鳴る足下の砂、色褪せたようなその色を視線を落としてただ見つめながらゆっくりと歩く、そいつの姿のせいかもしれない。
殉教者の様だなんて、その時は本当にそう思ったんだ俺は。



視線が合ったような気がした。
遠くからこちらを一度見たその時、確かに自分はそいつと視線を交わした、たった一瞬の出来事だったが、それは確かに気のせいなんかじゃなくて、ほらこちらへ向かってくる、何の迷いも無い足取りで真っ直ぐこちらへ。



ゆらゆらと波間に映る光が揺れる。
揺れる光を映して、そいつの金色の髪もゆらゆらと揺れて、ああ風が出てきたなと思った。
夕暮の風、ここらへんじゃいつも夕方になると風が、何処からともなく吹いてくる、海を目指して。
こいつも海を目指してきたのかな。
もうほんの手を伸ばせば届くくらいの距離で、ピタリと足を砂の上に下ろして何か言いたげに、手には黒い鞄一つ下げて。
波が繰り返す音、規則正しく鼓動のように心地良い響きで、耳を撫でる。
日がずいぶんと傾いて、ゆらゆらと揺れる金の髪も夕暮の茜色、殊更に黄みを帯びて、一瞬目を奪われるくらいに。
きしりと足の下で砂が鳴く。
唐突に我に返る、俺は今何をしようとしてたんだ、伸ばした手を慌てて引っ込める。
引っ込めた指先、金髪の下の二つの真っ黒な目が、きょろりと俺の指先を最後まで追う視線の動きに、俺も釘付けになる。
きょろり、また目が動いてひたりと今度はぴったり俺のほうを向いた、少し不安そうに揺れる眼差し、何を言いたいのか自分でも分かっていない様に、それでも何か言いたげに。
黒い瞳、顎のラインに沿って無精髭が少し伸びているのが夕陽に透けて、こいつは顎鬚までご丁寧に金に染めてやがるのかって、なんだか変に感心してしまった。
まるで映画のワンシーンのようだなんて、柄にも無い事を考える。おあつらえむきの砂浜に、夕陽に、そして目の前の奴はどうした錯覚だか、どうにも俺は気になって仕方がない、気晴らしに海を眺めに来ただけだのに。
俺の視界の中、ゆっくりとそいつの唇が動いた。



あーあのさ、お前俺のこと、買わねえ?







遠く、何処からか夕方のチャイムが風に運ばれて、微かに聞こえてきた。

気がした。





20041028
まだ続いたり。