上を向いて歩こう。

雲の橋 空の道。







緩い鈍色の空。
低い雲の隙間に、僅かに一瞬光の射したと思ったけれど振り返って仰ぐも、見えるのは何も無くただ仄明るい雲の色、誰かの髪の毛の色にも似ていた。
花曇りの今日は一日こんな空模様なのだろうと、半ば諦めきっているそんなオレの心を映したかのような曖昧な空、雲の上にはそれでも太陽の存在があるのかと思う、何とも信じられないが。
もう春だというのに。
ゆるゆると踵を返す、揺れる木立の先では演習場の、そのぽっかりと開いた空き地で子供達がオレを待っている筈だった。
歩くその爪先で、小さく砂が渦を巻く。
温い風が頬を掠め髪を揺らして去りそしてまた何事も無かったかのような、ぼんやりと空虚な昼下がりだった。
歩くのはそこに目的が在るからで、オレの場合それは授業であり子供達であり、そして生きる意味だった。ような気がしていた。少し湿気た午後の大気が重く体を包む。
ねえなんで貴方そんなにつまらない顔してるの?さっき、可笑しそうにそんな事を、廊下ですれ違った奴に唐突に尋ねられた。なんて失礼な。相手は時折顔を見かける上忍だったから、自分が見知っているのだから相手も見知っていたのだろうと、どうせ上忍の気紛れと軽く、なんでもありません失礼しますと流してきてしまったのだけれどもそれからこっち、どうしてかなんだかすっきりしなくって、そういえば名前なんて言ってたっけと、さっきから頭にちらついて離れないあの上忍と同じ色の、空をもう一度仰いだ。にやにやと笑いながら、じゃあまたねと朗らかに去っていった、銀髪の上忍。ああきっと自分は知っているのだろう。思い出すのが億劫で、だからあまり考えずに淡々とこう、今も歩いているのだ。それなのに。
息が詰まって身体が重い。少し解そうかと、ぐるり身体をひねって動かした視線のその先。

虹のかかるその下にはね、幸せが埋まっているのよ。

遠い記憶、もうすっかり忘れたと思っていた母の声を久しぶりに思い出した。ああそうか。仰ぐ空、鈍色の雲を背景にしてくっきりと、見事に大きな虹がかかっていて、イルカはなんだかようやっと、自分がしっかり歩いている気持ちになれたのだった。







2006.04.03