あなたを想う。愛しさとかそんな言葉よりもっと。



雨の午後。


外は鈍色に仄明るく、いつ降り出したともわからない霧雨に煙っていた。
ロイ・マスタング大佐は執務室の窓からそれを見ながら、ぼんやりと手は積み上げられた決済待ちの書類の山を、せっせと紙飛行機に仕立てていた。
机の上ではそんな重要書類のなれの果ての間で、先程部下のリザ・ホークアイ中尉が入れてくれた午後のお茶が、ゆるりと良い香りを立ち上らせながらゆっくりと冷めつつあった。
部屋は静かで、今ロイの他には其処に誰も居なかった。
鋼のはいま何処に居るんだろうか、と思い、ロイはぼんやりと視線を室内へ巡らせた。
こんな雨の日はロイをどうしようもなく無能だと思っている、鋼の錬金術師ことエドワード・エルリックのあの赤い上着は、ロイの他に動くものの無いこの部屋で、主不在のままぽつんとソファの上に放りだされたままだ。
鋼のの声が聞きたい。
雨になると、しばしば彼をからかいにふらりとやって来るこの上着の持ち主は、3日ほど前に来訪した折にロイのコートを借用したきり、こんなに待っているのに一向に姿を現さなかった。

― 大佐のコートって結構ボロいのな。

そう、ニヤニヤと笑いながら戯れに腕を通して、その裾と袖の余りように途端に憮然とした表情になったエドの、声や仕草を一つ一つ思い出してみる。
それは軍に入った頃に買った、ロイにとって愛着のあるコートだ。毎年、買い換えようと思いながら未だに寒くなるとクローゼットから取り出してしまうコートだ。

― 煙の臭いがする。

片腕を持ち上げてコートに鼻を近づけるエドの目を伏せたその表情に、どうしようもなく胸が苦しかった。
『愛着のあるただのコート』だったのが、特別な物へとロイの中で変化して、多分あのコートは一生捨てないだろう、と平静を装いながらそんな事を考えていた。
目の前のエドは、そんなロイの気持ちになんてこれっぽっちも気付いちゃいない、と思うと、少し悔しかった。
鋼のにそれは大きすぎるだろうと言うと、そんな事無いと意地になって、結局ロイのコートを着たまま帰ってしまったエドは、たまらなく可愛かった。
そんなところはまだまだ子供だと思う。
普段大人びたエドのそういうところを、ロイはとても好きだった。
早くコートを返しに来い、と思った。
早く会いに来い。



雨は当分止みそうになかったから、こんな日は無能のロイ・マスタング大佐は、すごくすごく嬉しかった。





20040118
雨の日は、幸せ。