1300光年彼方の、あの光のように。

どれほどオレが貴方の事を好きか、多分貴方は知らない。





鈍色の花





仰ぐオリオンに、そっと息を吐いた。

凍る夜。
真っ暗な天空と無数の小さな燈りが朧に滲む視界はさながら蜃気楼のようで、この世界がほんのささやかな夢に過ぎないかのような、呼吸している自分の存在すら不確かな。
そんな錯覚にくすりと笑ったらまた、白い息に滲んで見上げる星々が緩やかに瞬いた。



カカシは、冷たく眠る人気の無い通りを歩いていた。
深夜。
辺りは街灯すら疎らな、点在してはいても寿命で不規則な点滅を繰り返すような、その役割をまったく果たしてはいない燈りばかりの、そんな暗い道だった。
ぼんやりと、背中を丸めておよそ忍らしくない様子で、ポケットに両の手を突っ込んだままぶらりと歩く。
その首には申し訳程度にマフラーが巻かれてはいたが、着ている物はといえば薄手のジャケット一枚きりで、まったくこの厳寒期に似つかわしい服装とはいえなかった。
寒くないわけはない。
実際先程からカカシの息は吐く度に、視界を邪魔するかのごとく真白に濁っては暗い夜空に吸い込まれていたし、ちりりと凍る大気に晒された鼻や耳はすっかり赤く凍えている。
だのに寒そうな素振りも見せず、カカシはゆっくりと背を丸めたまま歩いていた。

深夜の散歩。

そんな様子にも見えなかったが。



思考が自分の意識しないまま、取り止めも無く流れていく。
脳がコントロールを離れて、遊んでいるようだ。
それがなんだか心地よくて、面白さを感じながらぼんやりと、ただ歩いていた。
なんとなく。

自分はこの通りが人で賑わっているのを、実は見たことが無いのではないだろうか。

ふと、唐突にそんな考えに思い至った。

木ノ葉の里。 実際ここは、今はシャッターが下りているとはいえ、道の両側に商店の建ち並ぶ、いわゆる商店街のような通りだったし、あちこちに貼られた原色の賑やかなポスターや看板の類やそんな具合で、だから昼間ともなれば賑やかな声に溢れているだろうことは容易に想像がついたが、しかし自分はそれを実際には知らない。
本当にまったく知らなかった。

意外とかそういうのではなく、素直に驚いた。

カカシは思わず立ち止まって、うわあと小さく声をあげた。


なんてことだろうこれはすごい、早速誰かに報告しなければ。

わくわくした子供の風を装ってみて、くだらないのですぐにやめた。
そんな事を報告する相手なんて自分には居やしないと思ってたし、実際頭を捻っても出てくる顔は片手でも容易に足りる程で、まったくもってオレは寂しい人間なのだと、そんな新たな発見にもう一度うわあと呟く。

誰も聞いてない暗い通りで、しんと凍った夜空にカカシの声が吸い込まれてまた、虚空に真白く消えていった。


この道を通るのは深夜、若しくは明け方。誰の目にも煩わされない僅かな時間。

カカシは人に見られるのが好きではなかった。
暗部時代の名残か、気配を消し人の記憶に残らぬように見られぬように意識されぬ路傍の石のように。習いはその身に染み込んでいた。
そんな生き方しか知らなかったから苦にはならなかったし、また人と関わるのがどうにも苦手だったので、自分から積極的に人と交わろうとはしなかった。
そうやって今まで生きていた。これからも多分。

白く滲む視界。

この世界はまるで滲んで静かにただ其処に在る、古いモノトーンの静物達で構成されているような。
静かで、音も無く。時さえも止まって。
しばしばその身を置く任務での陰惨な紅い景色と怒号や悲鳴で彩られた世界とは、まったく次元の違うところに居る感覚。
遠いどこか別の地上に居る感覚。

凍った大気に瞬く星だけが、この世界の時が止まってはしない事を教えてくれる。
ちかりちかりと微細な光を振り撒いて、そういえば、こんな寒い晴れた夜がいっとう星が綺麗に見えるんだっけと、不意にそんなことを思い出す。
一体誰がそう言ったんだっけ。
それは幼い時分、共に任務に赴いた仲間かもしれないし、心の片隅にも残っていない別の誰かかもしれない。

カカシはあまり人と関わらないで生きてきたので、あまり人の記憶を心に止めてはいなかった。





20040504
途中。