それは、初夏の甘い蜜の香り。
オールドローズにチェリーパイ見上げても雲一つ無い、青い青い真昼の空を見上げた。 視線を下げればどこまでも続く海、この先には一体何があるのだろうと、イルカはぼんやりと思う。果てには、何が存在しているだろう。 初夏の陽気は日陰にいても尚じわりと暑く、酷暑の予感がした。 露台へと繋がる硝子扉は大きく開かれていて、そこから入る風がイルカの髪を揺らし、潮の香りを僅かに付けては去っていく。 ちりんと微かな音に振り向けば、玉を敷き詰めた床に靴の当たる涼やかな音色を響かせて、カカシが部屋に入ってきたところであった。 両の腕に、花を抱えてにこにこと笑う。カカシが歩くと、潮の香りよりも強い、甘い花の香りがした。 イルカが尋ねるより先に、 「主上、薔薇が綺麗に咲きました」 嬉しそうにカカシが笑う、なるほどそれはよく見れば鮮やかに赤い一重咲きの、オールドローズの花達であった。 見事なものだ、とイルカは思う。 なんとも艶やかで生命力に溢れている。 見つめるイルカの目の前で、カカシは手際良く、薔薇を花器に生けて傍らの卓子に飾った。甘い匂いが柔らかに広がる。 「綺麗だなあ」 とイルカが呟けば、なんとも嬉しそうに破顔するカカシにそういえば、とイルカが言った。 「いつも薔薇が咲く時期には、チェリーパイを食べていましたよ」 昔、この季節になると母が作ってくれたから、と少し目を細めて言うと、カカシは少し首をかしげながら、 「優しい母君だったのですね」 とそう言った。言った後で、 「チェリーパイってどんな物でしょうか」 少し申し訳なさそうに、そう続けたのだった。イルカは少し目を瞠ってから、くすくすと笑った。 なるほど確かに、麒麟にチェリーパイというのはあまり聞かない組み合わせだ、答えを返さずにイルカが笑い続けていると、少し憮然としたように、 「教えてくださらないなんて、主上はひどい」 カカシが拗ねたように言うものだから、イルカはもう一度目を細めて、それならば、と言った。 「それならば、一緒に作ってみましょうか。実際食べなければ、私も上手く説明は出来ないから」 母のように上手に出来るかは分からなかったけれど、あの味をもう一度、食べてみたかった。食べてもらいかった。 カカシはイルカの言葉にもう一度、嬉しそうに笑う。カカシの笑顔を見てイルカも嬉しかったから、母の手の動きを思い返しながら、つられてにっこりと微笑んだ。 それでは今から、作りに行きましょう、といつになく弾んだ声のカカシに引っ張られるように部屋を後にする。実際に、女官が果たして王の厨房に立つのを許すかは疑わしかったが、カカシと一緒に何かを作る、というのを想像してイルカの心も弾んでいた。 色鮮やかに色付いた真っ赤なチェリーの、甘酸っぱい味わいは初夏の風味、この青空によく似合いだと思った。 振り返れば閉まる扉の向こう、カカシの手で生けられた、薔薇のさながら桜桃のように赤い色が、紺碧の花器に鮮やかに映えていた。 2006.06.15 十二国パロです…。この後二人で粉まみれになっていればいい。(希望) |