夜の底で。

この深海のような黒く深くどこまでも遠い、天空の夜の底で。

きみを待つ。




新月の夜に






空に、はあっと一つ息を吐く、目の前でふわっと真っ白になってするりと夜の大気に吸い込まれていく。ああ冬だなあと当り前の事を思いながら、少しちりちりする鼻の奥で静かな深夜の公園の、土とそれから常緑樹の微かな匂いを感じて、なんとも寛いだ気分になる。腕を無意味にぐるぐる振り回しながらずかずかと無遠慮に歩き回る、煌々と無機質な夜間照明の下で鼻歌を歌ってみたりした。誰も見ていないという開放感は人を往々にして、くだらない行動に向かわせるものだとやけにしみじみ考えながら、花壇との間に渡してあるロープ、これで綱渡りでも試そうかとしばし思案にくれているところに、きみが来た。すでに片足をロープに乗せている僕を僅かに怪訝な表情で眺めたきみはその後で一つ息を吸って、こんばんは、わや。と静かに微笑んだんだった。

いすみさんに会いたかったから無性に会いたくなったから電話したんだけれど、それだけだから。そう言ったら電話の向こうできみの小さな息遣いがしばらく聞こえて、少し詰めた息を吐き出すようにきみは、いいよと言ったんだった。
いいよ、わや。どこにいるの。
さっきの事。

ああ、いいよるだね。
こんな寒い晩はなんだか空気まで静かに凍りついているみたいで、ちりちりとする鼻の奥、少し麻痺してしまったような肌は多分赤くなっていたんだろう、きみも、同じように赤く染まった耳や頬それから手袋をはめていなかったらしい冷たい指先、僕の鼻に僅かに触れて、まるでトナカイみたいだよってくすくす笑った。
トナカイトナカイ。赤鼻でもサンタクロースは僕の事を認めてくれたから、だから僕は頑張れたのです。ねえ認めて。僕を受け入れて。
きみの手をそっと握り締めたらきみは少し肩を揺らしてでもそのままの姿勢でそのまま二人、この冷たい夜の底で。
空は漆黒にしんと静まって、星たちだけがちらちらと忙しなく瞬いていた。
凍る大気。



きっと永遠の時が流れた。

そっと引き寄せたらきみは、まるでふわりと風船のように柔らかに僕の腕の中に入った、キスをしたいなと思ったら君の瞼がそっと伏せられた、キスをしたらなんだか唇も冷えて感覚が無いみたいで、だからもどかしくって舌をねじ込んだ。きみの口の中は温かくて柔らかくて、絡む舌、いつまでもこうして居たかったこうしてキスをしてそこからすべて溶け合ってしまいたいなと強く思った。繋がっていたい。きみと。





もしかしてきみもそう思っているんだろうか、そうだといいだなんて、てんで自分勝手な事を考えながら。






2005.01.11
和谷サイド。