まあたまに無性に食べたくなったりするけどさ。

テレビは南半球に降る雪を映していて、思わずひとつくしゃみをした。




24時の真昼






「カツカレー食いたい」
唐突にカカシさんがそう言ったのは、もう随分と夜も更けた時分だった。
「あんた夜中にそんなもん食ったら、太りますよ」
オレはとっくに夕飯を済ませていたが、果たしてカカシさんが夕飯を食べているかどうかなんて、そんな事はさっき来たばっかりのこの人に聞かなきゃ分からない。
分からないけれどいくらなんでも、夜中にカツカレーだなんて翌朝まで胃が重たいままになりそうな食べ物を、わざわざ選ばなくってもいいじゃないかと思う。カツ、そしてカレー、片方ずつでだってオレはごめんだ。翌朝にあの苦い胃薬を飲む羽目になるのは、誰に聞かなくても明らかじゃないか。
「カツカレー食いたい」
もう一度カカシさんが言った。さっきとまるで同じ調子で。よっぽど食べたいのだろう、この人がたかが食べ物ごときにこんなに執着しているのだから、聞いてやるのが恋人の務めなのかな、とちらりと考えて、すぐにその考えを振り払った。あほらしい。翌朝になって胃が重いと泣きつかれるのはオレなのに。
ごろりと畳に寝そべったら、真上にある蛍光灯の丸い輪が白く目に付き刺さるようで、思わずぐっと瞼に力を込めた、反射のように唇に降る感触を待っている自分に、気付いて舌打ちをした。
外の闇はどこまでも沈んでいるのに、この部屋ではまるで夜が忘れられてしまったように明るい。明るい蛍光灯の光を背負って、天使にでもなったつもりだろうか、邪気のない笑顔でにっこりとカカシさんが、ねえイルカせんせーカツカレー食べたいよ、と寝っ転がったオレを覗き込んだ。


ホントにあほらしい。
結局のところ押しに負けてしまったのだろうか、オレは温い夜の空気を肌に感じながら、コンビニへと歩いていった。なんでも揃うというのはこんな時に非常に便利だし非常に不愉快だった。買ってきてと一言頼めばいいのに、結局言わずに欲しい物を手に入れるカカシさんは万事がこの調子だったから、いいかげん慣れたけれどいいかげん愛想が尽きてしまいそうだ。オレは腹の底で、カカシさん大好き愛しています心から、とこんな時に唱える呪文をぶつぶつ呟きながら暗い路地を歩いた。あの人の言動にいらいらした時の、とっておきの呪文だ。というより暗示だ。好きかもしれないけれど愛していない。愛しているかもしれないけれど大嫌いだ。いらいら歩いているとすぐに目的の場所が見えてきた。コンビニというのは夜をどこかへ落っことしてきたんじゃないだろうか。時計を見たらちょうど真夜中で、でもあの店の中ではきっと真昼の12時なのだろうと、勝手にそう思った。
陳列棚に散在するパックの中から目的の物を掴む、温めてくださいと言うとレジカウンターの向こうで深夜バイトの兄ちゃんが、むすっとしたまま電子レンジにパックを突っ込んで、ろっぴゃくえんです、視線を合わせないままそう言った。カレーの匂いが漂ってきた。


ごちそうさまでした、なんとも満足そうな顔でカカシさんが畳に大の字になったから、牛になりますよと冷たくオレはそう言った。買ってきたカツカレーはものの5分で、だらしなく寝そべるカカシさんの胃袋の中へと収まって、その食いっぷりには呆れるを通り越して感心した。
食欲を満たしたらなんとやらなのか、にやにやとこちらに手を伸ばしてくる。
「ねーイルカせんせーこっちおいで」
「やですよ。あんたカレー臭いから」
「そんなこと言わずに」
「嫌ですってば」
ぐいぐいとオレの腕を引く、笑ってるくせに本気で引っ張るから、こらえきれずに倒れこんだ。視界が薄暗くなって、はっと気付けばカカシさんの顔が眼前に迫っている、さっきからこの部屋に漂っているより随分と強い、しっかりカレーの匂いがカカシさんからして、ふざけんな、と思いっきりぐーを出したら目の前の顔がのけぞって消えた。煌々と眩しい蛍光灯の真昼のような光の下で、カカシさんが変なうめき声を発して寝そべっていた。
なんでカレーなんか食べたんだ、オレは怒りか蛍光灯の眩しさか、くらくらしながらもう一度ふざけんなと寝そべる恋人を睨みつけた。





2006.06.23