甘い甘い海に溶けて。ああなんて、反吐が出るような。

好きです好きです大嫌い。



インザ セミスィートチョコレート シー


誰かが扉の前を通り過ぎる足音がした。コツコツコツ…と次第に遠ざかっていくそれはどこか心音にも似て、そっと瞼を閉じてこのカーテンの陰、昼でも薄暗い部屋の隅に蹲っていると胎内に還ったかのようなそんな錯覚。柔らかな肌触りの生地は遮光用としてはおよそ役に立たないであろうフランネルの淡いオレンジで、一体誰の趣味なのか気付いたときからそこに当り前の顔をして掛かっていたので、さして誰も気に止める存在ではなくなっていた。包まれる安堵。まやかしかそれとも欺瞞。緩やかに放物線状の弧を、夕陽に染まるこの部屋に描きながら落ちていく小さな憂鬱。自尊心などとうにどこか置き忘れてきてしまった。溜息すら硬質の硝子のように、落ちては粉々に鋭い破片となって突き刺さってくるかのよう、そこから絶え間無く滴る鮮烈な赤。窓の外はおそらくこの世の終焉のような緋、茜、紅に染まった燃えるような風景で満たされている。ちらちらと揺れる明かり、全てが燃えているような錯覚。慟哭が咽喉元まで込み上げて、堪えきれずに一つまた溜息を床に落とす。それは夕焼けを受けてきらきらとなんとも美しく輝きながら、その小さな破片の一つが瞼を刺し眼球を突き破り、私から光を奪っていく。傾斜する世界。

そんな、不意に白昼夢のような幻想に襲われてびくりと肩が揺れた。傍らの机で仕事をしていたハボックが呆れた顔でこちらに視線を向ける。また寝ぼけたんですかなどとなんとも腹立たしい限りだ、煙草を器用に口の端でリズムを取るように揺らしている。 曖昧に笑っていると扉を叩く音が室内に小気味よく響いて間を置かず内開きのそれが無造作に開いた。

なんだお前か。

そう言うとドアノブを握った主がひでえ言い草だなとニヤニヤ笑いながらずかずかと私の机まで一息のうちにやってきたので、じゃあなんて言えばいいんだと思いながら目線を上げてその無礼な主を見つめた。ああいい、いいとこちらに来ようとした少尉を私が口を開く前に、手で制してどうせ俺はすぐ帰るからな構わないで仕事を続けてくれよだなどと、多分少尉には私の仕事が滞るのが問題なのだけれど、そんなことにはちっとも気付きはしないでこいつは上機嫌のままなのであった。今日は一体どんな用事だと聞きたくも無かったけれど仕方なく問うと、よくぞ聞いてくれましたとばかりに破顔して途端に胸ポケットを探り出す、またかと些かうんざりした顔でそっと視線を巡らせれば室内に居る部下は全員げんなりした顔でなんとか係わり合いにならないように努めているらしい、懸命に手元の書類に目を落としていたのでどうやら今日は仕事がかなりはかどりそうだ、こいつもそれくらいは役に立つときもあるのだなあとしみじみする。なあほら見てくれよとったばかりの写真なんださっき現像してきてさなどと、とめどなく喋り続けるヒューズをそっちのけでロイは昼間から昇っている月を窓越しに、なんとも疲れた溜息を一つついたのだった。





20040722