馬鹿二人。

ある、青春以上中年未満の苦悩と、

そのおかしくもばかげている恋と。







「セックスしたい?」

あんたはいつだって唐突に、馬鹿な事を口走る。
「ねえセックスしたい?…イルカせんせ」
しかもこっちの様子なんてお構いなしだ。誰がいつ、先生と呼んでいいといった。あんたの先生になんかなっちゃいない、なりたいとも思わない。決して金輪際、これっぽちもだ。
「したいんでしょ、ねえ」
ほらもうイルカ先生のココがビクビク動いてオレを待ってるよ。だなんて、勝手に服の中に手を入れてくるずうずうしさも、嫌いだ。
「ねえ…ほら」
しようよだなんて、殊更にしおらしく耳元でなんて囁くんじゃない、オレがそうされるのに弱いのを知っていて、わざとそうしている。耳に殊更に息を吹きかけて。あからさまなんだよ。ちらりと横目で確認したら案の定、にやりと笑ったその顔が間近にあって、ムカついた。
大体なんであんたオレの家にいるんだそういえば。さも当然のように居間に寝転んでいた、家主であるオレの帰宅前からだ。そしてそのだらしなく伸びた、骨と筋肉の硬そうな身体の周囲そこかしこには、缶ビールの空になった残骸が。空の缶ビールなんて、なんの価値もないゴミの価値しかない。見ているだけでイライラする。なんで中身が入っていないんだとイライラする。そして確かめるまでもなく、オレんちなのにオレんちの冷蔵庫なのにオレの缶ビールは、全部この人の胃袋の中だ。いやもう半分くらいはきっと、オレんちのトイレから下水へと排出されてしまったあとだ。今までオレのパンツに手を突っ込んでたくせに、あっトイレ、だなんて呟くなりさっさと手を引っ張り出して消えた、あんたがいきなり手を抜いたものだからスースーして寒い、その気にさせたいんじゃないのか、一体どういうつもりだ。
「うートイレが近いのが嫌だね、ビールってこんなに美味いのに、飲むとトイレの近いジジイになった気持ちにさせられるのはいったいどういうことかね」
もったいないよねえ、と、拭く気もないのだろう濡れた手を、自然乾燥とかのたまいながら振り回して居間に戻ってきたこの頭の悪そうな上忍を、誰か頼むから追い出してくれ。
イルカせんせー学校でそういう事教えてないの?教えといた方がいいと思うよ子供の将来のためにもさあ、だなんて、酔っ払いにも程がある。もっと始末が悪いのはこいつが、あれだけ缶ビールを飲んでもちっとも酔っ払っていないという、そっちの方かもしれない。ああオレのビール、箱で買ったのがかえって仇になったのか、多少消費していたとはいえまだ10本以上残っていた筈のその缶ビール達は、オレのささやかなお楽しみとして、どうせろくに喰い物も入っちゃいない独身野郎の家の台所で、慎ましやかに冷蔵庫の中に整列してオレの帰りを待っていた、筈なのに。ちくしょう。

「じゃあ、そろそろヤリますか」
乾ききらなかった指の間の水滴を、服になすりつけながらのんびりと、カカシが言った。
イルカの前に仁王立ちになって蛍光灯を背に見下ろしてくる、それがなんとも傲慢に思えて腹立たしい、イルカは低い声で馬鹿野郎と呟くと、その目の前の股間めがけて思いっきり頭突きをかました。なんとも奇妙な声を発してカカシの膝から力が抜ける、そのまま畳の上にうずくまってしまったカカシを冷たい目で眺めると、イルカは「よいしょ」とカカシの服を鷲掴んで、玄関の外へ放り投げた。


今度こそ厳重に鍵をかける、外からは、まだ微かにうめき声が聞こえる。自業自得だ、イルカはふんと鼻を鳴らしてそのまま寝室へと向った。ああなんて奴。
なんとも一番腹立たしいのは、多分今夜も自分自身の手で、抜かなければいけない事。あんなあほな奴のために、あんな馬鹿な奴のために。今夜もまただ。
イルカの布団にはもうすっかりイルカの精液の匂いが染み付いていたから、たとえカカシが毎晩来ようと毎晩イルカを誘おうと、決してイルカはカカシと、寝たりしてはいけないのだ、いけないと自分で決めているのだった。そんな自分もあほで馬鹿だと、そう思いながらイルカは頭まで布団を被って背中を丸めて、さっきまでカカシが触れていた自分のペニスに指を絡ませて、一心にしごいたのだった。しごいてしごいて、さっきカカシが見せた苦悶の表情を思い出してうっとりと、精液の匂いを今夜もまた布団に染み込ませたのだった。






2006.04.15