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20090608(Mon)07:40  海空教室参加お疲れ様でした。
カカイルオンリー楽しかったですね。
参加された皆さんお疲れ様でした。
楽しかったですね。ホント楽しかった。
当スペースに足を運んでくださった方、ありがとうございました。
まんまと引越しと重なって前日夜までパソコンを使うことが出来ず、新刊を出せずに申し訳ありませんでした。
せめてペーパーラリーに参加、と考えて短い物を書いてみましたが、カカシの出番が全く無く、持っていく勇気が出なかったです。
せっかく書いた物なのでこちらに。
海・空・教室のどれかをお題に、ということだったので、空で書いてみました。
私の心の中では立派にカカイルです。

時間が無いので日記に置いておきます。
そのうち、TEXTの方に移動します。


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 あれは他愛も無いささやかな、でも本当の恋でした。

『放課後の恋』

 アカデミーの廊下で最初に私がその人を見たのは、もうずいぶんと前のような気がする。

 真っ白な雲が薄く色付きはじめる夕方の時間は、小さな頃から私の大好きなひとときだった。大小に流れる雲の合間には透きとおって青い空、それが、赤い太陽が滲み出たようにゆるりと色を変えて、応えるように雲も薔薇色に染まる、静かに鮮やかに夜の支度が空から始まっていく。地上で人々がそれに気付いて我もと動き始める頃には、夜はすっかり居住まいを整えて、高い上空から私たちを見下ろしている。
 幼い頃から私は、空ばかり見上げていた子供だった。
 両親はそんな私をたいそう心配したそうだけれど、ぼんやりと空を眺めてばかりの幼児だった私はそのまま空を眺めてばかりの学生となり、アカデミーで忍術を教わり始めてからもその癖は一向に抜けずに、空ばかり眺めている忍にきっとこのままなるのだろう、と私の回り誰もがそう思ったに違いなかった。
 日々は単調で、空ばかりが変化に富んでいて私を楽しませてくれる、と、あの頃の私はそう思って疑わなかった。会話をする同年代の者はそこそこいた。社交性が無いわけではなかった。ただ、他の事に何も興味を見出せずにいただけだった。
 忍になる、と決めたのは、多分心のどこかで変化を欲していたからなのだと思う。
変化、というのだろうか、私の気を惹き付ける別のなにか、それはこの里と私の中にも流れている忍の血が、きっと見せてくれるに違いない、と幼心に思った私は、木ノ葉の里には珍しくも両親共に忍でない我が家で、唐突に爆弾発言とも取れる忍になる宣言をして、そのまま翌日にはアカデミーへの入学許可を取り付けてしまった。
 人よりは多少、行動力や決断力はある方だと思う。それからこれは入学する時のテストでわかった事だけれど、知能指数も少々同い年の子供達より高かった。教師たちから私にかけられる期待は他の子に対してより少しだけ高くて、学科はもとより実技でもそこそこのレベルまではあっさりとこなす私に向けられる視線は、羨望や期待や、それから多少ならず嫉妬まで感じることが出来た。
 アカデミーに入ったからといってなにも変わることはなく、日々は相変わらず単調で、私はアカデミーでも異質だった。
 イルカ先生、という名前を耳にしたのは、実技の授業でクラスメイトの一人が怪我をした時だった。受け持ちの教師はまだ新米で、蒼白になっておろおろと取り乱すばかりだったから、私は仕方なくその子に止血をして医務室に行く指示を出した。一人では行かれそうになかったから教師に付き添いを頼むと、その時初めて大人らしい顔で、任せておけ、とその教師が言ったのが些か不快だった。
 さてこれで収まった、と思ったが気付けば教師は不在で、私たちは残りの時間なにをしたら良いのか、分からなくなってしまった。男子は好き勝手に遊び始めるし女子はおしゃべりに夢中になっていた。
 さっきの怪我、すごかったね。血がいっぱい出てたね、骨折れたのかな、なんて会話に私は加わる気はなかったし、かといって男の子に混じって監督不在で怪我をするなんて馬鹿をやるつもりもなくて、いつものように空を眺めていた。夏が近かったから空は青を濃くしていて、雲が見えない代わりに真昼の月が白く幽かに浮かんで見えた。快晴だったその日は木陰にいても暑いほどで、私の足元からは草の匂いが立ち上っていた。
 ふと、女子のおしゃべりが止んだ事に気付いた。男子の歓声も聞こえなくなっていた。視線を下ろせば向こうの方で、黒髪の男性が皆を集めていた。多分私も呼ばれたに違いない。心地よかった木陰から日差しの中へ足を踏み出せばなんとも眩しくて、私は顔を顰めた。黒髪の男の人は教師で、皆は彼の事を知っているのか口々にイルカ先生と呼んでいた。今まで名前は知らなかったけれど、眩しさに細めた目で捉えたその人の姿を、私は確かに知っていた。
 イルカ先生は残りの授業時間の監督を代役で務める旨を私たちに告げていた。私はそれを耳で聞きながら、頭の中ではまったく別のことを考えていた。
 アカデミーでその人の姿を目にするのは、実はけっこうな頻度であった。イルカ先生は一体なんの先生なのか、気付けばあちらの図書室やこちらの用具室や、いたる所であの黒髪の束ねたのが揺れているのを目にした。最初のうち私は全てが同一の人物であるとは気付かずに、あの髪型が大人の間では流行っているのかしらと、そう考えたほどだった。それくらい、彼はアカデミーのどこにでも出現していた。
 最初に彼と話した時、私はいつものように空を見上げていた。アカデミーの屋上に通じる外階段の、一番上の踊り場は屋根も無くて、階段に腰掛けて上を眺めるのにはもってこいの場所だった。ぼんやりとそうやって空を眺めていて、気付けば夕方になっていた。空はこの時間が一番美しくて面白いから、私は夢中になって上を見ていた。
 光がなくなり空が菫色に沈む頃合で、さてそろそろと腰を上げてそこで初めて、私以外の人間がそこにいることに私は気付いた。
 階段の下の方から私を見上げていたのは大人の男性で、やっと気付いたか、と笑って上ってきた。黒髪が揺れて、私の隣に立つと、周囲の暗さで顔はよく分からないくらいだったけれど優しい声で、楽しかったか?と私の頭を撫でた。私はあまりそういう子供じみた扱いをされるのを好まなかったけれど、この人にそうされてもちっとも不愉快にはならなくて、素直に、はい楽しかったです、と答えた。
 空が好きなんだってな、と彼は続けてこう言った。空のどんなところが楽しい?
 二度と同じがないところ、と私は答えた。そうか、と笑われて、でもちっとも馬鹿にしていないのが分かる声だった。温かな大きい手の平でもう一度頭を撫でられた。
 それからしばらくして、もう一度彼に会った。沢山の本を抱えてアカデミーの廊下を歩いていた、あまりに大量の本でまったくその姿は見えなかったけれど、揺れる髪が本の向こうから覗いて、ああ、あの人だ、と私は思った。忍術を教える学校にいるくせに、彼の気配はずいぶんと柔らかい感じがした。すれ違う時、彼はこちらなんか見えてはいない筈なのに、また会ったな、と私に声をかけてきた。私はびっくりして何も答えられずに、そのまま彼の後ろ姿を眺めていた。
 そんな出来事は、その後も何度かあった。アカデミーの他の教師と違い、彼は私になんの視線も向けてはこなかった。期待も、奇異の目も、なにも。私は彼と出会う度に、少しだけ言葉を交わした。次第に、彼の姿をアカデミーの中で見つけるのが、空を眺める次に、私の楽しみになった。私のことを彼はよく知っているようだった。それはそうだろう。私ほど職員室でよく話題になる生徒はこのとき他にいなかった。もう卒業した上の代では、目立つ生徒は数人いたようだったけれど。
 逆に私は彼の事を何も知らなかった。私は何も訊ねなかったし、向こうも何も教えはしなかった。多分ささやかな対等感をお互いに抱いていたのだと思う。立場を明確にしてしまう事で崩れ去ってしまう、それが分かっていたからお互いに何も言わなかった。彼が教師であるということを私は気付いていたし、アカデミーの中で出会うことから、それは疑いようもなかった。私は生徒だった。それもまた、揺るぎない事実だった。
 悲しいことだったが。
 いつのまにか私は悲しいと思うようになっていた。彼と、こんなにも全てが離れているということが。残念だったが、なにかを恨むほど私は馬鹿ではなかった。自分の力ではどうしようもない事があると知った。これがなんという気持ちなのか、私にはまだ分からなかった。
 ふと気付くと、さっきから続いていた説明は終って、イルカ先生は私の方を見ていた。実技の監督を務めます、と言ったあとで、私がおこなった怪我の処置が見事だったとかそういう誉め言葉を、他の教師がするように並べて、皆に聞かせていた。その瞬間、彼は教師として私の前に立っていた。関係は崩れ去ってしまった。微かに、残念な気持ちを彼の目の中に見た気がした。太陽が眩しかったので定かではなかった。
 それからしばらくの間、私はイルカ先生とぱったり出会わなくなってしまった。最初はそれを妙だと思ったが、次第にイルカ先生の方が私に会おうとしていないのだと気付いた。私が空を見上げている時よく彼がやってきたのが、なくなったからだ。屋上へ通じる階段や、校舎の傍らに立つ木の上や。
 彼がやってくるのを不思議には思わなかった。自然と私の傍にやってきて、二言三言話をして、それで互いに満足をしていた。私たちはそういう関係だった。私は次第に彼に、思慕のような感情を抱き始めていた。しかし彼がそうであったとは到底思えなかった。
 私たちがよく会っている、しかも人気の無い場所で。それを見た他の生徒からの余計な進言で、一人の生徒と親密にするのはいかがなものだろうとかそういうことを、多分他の教師たちから言われたのだと察しはついた。
 彼は大人の男性で、私は一人の少女だった。
 今までは気付かない振りをしていたが、私を見つめる視線はいつだってけっこうな量だった。私は期待をかけられていた。
 イルカ先生とは、すっかり疎遠になってしまった。それはとても悲しいことだった。
 一年近くが過ぎた、季節はまた春から初夏へと変わろうとしていた。空は青く澄んで、雲が柔らかに浮かんでいた。気持ちの良い日だった。今日が彼の誕生日であると、私はクラスメイトから聞いて知っていた。
 プレゼントと言えるほどの物でもなかったが、子供のお小遣いでも買えるような雑貨を、私は丁寧にラッピングして鞄にしまっていた。一月も前に買い求めた物だった。イルカ先生は相変わらずあちらこちらで見かけはしたけれど、会話を交わす距離に立ったことはあまりなかった。私はいつも遠くから彼を見ていた。
 その日に限って、夕方まで彼を見かけることは一度もなかった。アカデミーの中以外で、彼がどこにいるのかというのを私はまったく知らなかったし、これではもう諦めるしかないかと、本気で思い始めていた。
 空が茜色に染まりきった頃、私は廊下の遠くに人の姿を見つけた。彼だ、とそう直感で思った。はたして、それはイルカ先生であった。私は声をかけようとして、大きく息を吸って、けれど寸前で止めた。イルカ先生の横で、重なるようにもう一人のシルエットがあった。それもまた大人の男の人で、二人はなにか話しながら、笑っていた。
 ひどく驚いた。イルカ先生はとても楽しそうで、彼があんな嬉しそうに笑うのを、私は一度も見た事がなかった。相手の姿は、暗がりに紛れてシルエットすらぼんやりとしか見えなかったが、唐突に私は、イルカ先生の気持ちが分かった気がした。多分それは、彼の表情が、私が彼と話すときにする笑顔とまったく同じであったからだ。
 だから私は、彼がもう一人の誰か、きっと同じくアカデミーの教員であろう誰かにあの顔を見せている限り、私にはなんの出番も用意されていないのだということを理解し、どうすることもできずに立ち尽くしていた。私の姿は階段の影に入ってあちらからはよく見えず、イルカ先生のいる廊下は夕焼けに赤く染まって、ひどく美しかった。きりきりと痛む私の心が、血を流して今同じように赤いだろうと私は思った。
 私が初めて他の誰かのために買ったプレゼントは、アカデミーのゴミ捨て場の片隅に、そっと捨てられた。買ったのは私で、捨てたのも私で、リボンを解かれることもなく捨てられ転がった、少し包装紙のよれたそれを見ながら、私はほんの少しだけ泣いた。

 私の初恋だった。


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