きみがそっと口ずさむ、あの懐かしい唄。 そんなきみを想いながら、僕は大声で唄う。 Call コール冷たい雨は、夜半から木ノ葉の里の家々を冷たく濡らしていた。 道に歩く者は何も無く、野良猫でさえ今夜は寒々とした見知らぬ軒下で毛皮を寄せ合い僅かな暖を取っている午前二時。小夜時雨。 しんと静まった窓の外、その硝子に止め処なく伝う水滴を見ながら、イルカはぼんやりと思考の海に漂っていた。 何も動くものの無い部屋の中は暗く沈んで淀み、ごく小さく抑えられた間接照明の灯りが薄暗い空間に仄かに浮き上がって見える。 雨の音はこの部屋の中まで聞こえてはこない。 イルカは窓辺の椅子に腰掛け、窓の方を振り返って真っ暗な外を眺めていた。 窓の外、闇にいくら目を凝らしても降る雨はおろか、雨の中冷たく佇む庭の何も見えはしなかった。 目の前、硝子を伝って流れる雨。 イルカのその表情からは、何を考えているのか読み取る事は出来なかった。 物憂げな眼。 硝子の傍の空気は冷え切っていて、そっと呼吸すると白く息が溶けていった。 降りしきる細く冷たい雨は、未だ止む気配を見せることなく。 かたん、と時計の針がまた動いた。 十月の木ノ葉の里はもう昼間でも肌寒く、既にイルカの部屋には気の早いストーブが据えてあった。 鈍色の古い灯油ストーブ。 それが出された時、イルカは、まだそんな物は必要ない、と思った。そして「忍なのに寒がりなんですね」遠慮無く言い放ち、言われた相手は綺麗な銀の髪を掻き揚げながら面目無いといった顔で苦笑したのだった。 ちょうど一週間前の事。 あの時は、彼が己の為に出したのだと思ったストーブも、今になって考えればイルカの為に用意したのだと分かる。 冷蔵庫の中のように冷え切った部屋で、イルカはそっと、冷えたストーブに視線を移した。 ほら、灯油だってちゃんと用意しましたからね。いつだって使えますよ。 耳に残る声。 彼の嬉しそうな表情が脳裏に浮かんで、消えた。 氷のような指先が、ぴくりと微かに動いた。 建てられてもう何十年も経ったこの家は、いくらしっかりと戸締りをしてもやはりどこからか冷気は忍び込んでくる。 去年の冬は、慣れない古家の寒さに驚いた彼が四六時中くっついていて、イルカはうっとおしいと思いながらも、そんな他人の温もりを幸せだと感じた。 末端冷え症で冬場はいつだって、身体の先端部分を冷たくしてしまうイルカに、 「やっぱり手は冷たいんですね。イルカ先生は心があったかいから」 なんて握ってきた彼の手は正反対にほっこりと温かで、だってオレは心が冷たいんですよ、って寂しく笑ったその瞳がイルカを哀しくさせた。 こんな風にイルカが冷えていると、温かな自分の体温を分けようとでもするように、抱きしめてくれたあの腕。 何度目かも知れない溜息は、白い靄になってほんの少し空中を漂うとやがて、どこかへと消えていってしまった。 この部屋は溜息で満たされている、と思う。 虚ろな目で見廻せば、暗く沈んだ部屋の闇の中、其処此処にそんな自分の気持ちが淀んでいるようだった。 ぎゅっと握った指先は、感覚も既に定かでは無く、少しの動きにもぎしぎし軋むようで。 カカシさん……。 20040205 途中。 |