いきているということ。






生を受け、この世に存在し、何かを食べ、何かを飲み、誰かを傷付け、尚此処に存在し、
誰かを殺し、何かを壊し、また食べ、また飲み、そして尚存在し続ける、その意味を。

オレは知らない。




おめでとう
おめでとう
おめでとう
おめでとう

ありがとう?




生を祝う、という行為について、どうも納得出来ないまま生き続けてしまった気がする。
仰向いて眼を閉じれば、血の色に透ける瞼の赤は、これが生命の色なのだと言われれば素直にハイそうですかと返してしまいそうな。そんな温かな鮮やかなこの色が、オレの生きている証、生きている唯一の証明である。鮮血の、よく見知った色。道を歩く、すれ違う様々な人間のその柔らかな腕の皮膚をちょっと引っかけば途端に溢れ出てくる、同じ赤。ああほら、この人も生きているあの人も生きている、いや生きていた。流れる生命の色はとうに足元に吸い込まれ冷たく黒く湿った土くれと化してしまったよ。生きている証、抱き締める腕の中で規則正しくに脈を打つその身体に満ちる色。あなたに流れる色を。祝うというのか。おめでとうおめでとうおめでとう。でもオレはもう幾つも幾つも数え切れない程の、生の証を奪ってきたというのに、大地にその赤を滴らせ、流し、消えない染みとなり黒く滲んだその土の上を今まで歩んできたというのに。おめでとうおめでとうおめでとう。その生を祝うという行為が、オレにはよく分からないままなのだ。おめでとうまた一年大きくなりました。おめでとうまた一年生き延びて来られました。でもその代わり、これほどの生を奪ってきました。おめでとう。

だってこんなオレに、生きる意味は有るんですか?

ねえイルカ先生?と問うと目の前の恋人は優しい顔を歪ませて、なんであなたはそんな事を言うんですかと悔しそうに呟いた。どうしてオレに祝わせてくれないの?

でもなんで祝うのか分からない。

じゃあオレと出会えた事を、祝ってください喜んでください、あなたの生を。

ああそれならば。それならば少し、分かるような気がしますとそう言うと、ようやく目の前のあなたは微笑んでくれたから、オレはすっかり嬉しくなってもっともっとあなたを笑わせたくって、そしてこう言う。
イルカ先生、あなたが生まれてきてくれて良かったオレと出会ってくれてこうして一緒に居てくれて。だから。だからあなたの誕生日、オレはすごくお祝いしますよ。
くすくす笑って目の前の人は、今はあなたの誕生日。と可笑しそうに言う、黒い髪が電灯にさらりと揺れる。あなたの生きる意味はオレが知っている。

近づく顔、見つめるあなたの瞳、赤く透ける瞼の色を少し恐れた、眼を閉じるのが何故か怖かった。






誕生記念の日





2005.08