あの虹の向こうまで行こう、おとぎ話だよってそんなこと言わないで。


夕暮の雲って、時々すごく不思議な色をしている。と思う。




虹と、夕暮その後。





窓辺から見上げる空は四角く切り取られたその中で、ゆるゆると夜に向かいつつその色を変えつつあった。 二人してベッドを背もたれに、床にぺたりと腰を下ろして、寄り添うか寄り添わないかのその微妙な位置のまま、時はさっきから三十分ばかり止まっている。そんな心持だった。
隣を盗み見るのすら多大な勇気を必要として、静かなこの部屋では冷蔵庫の発する微かなモーター音すら響いて僕の耳に届いていたから、きっと少し身動ぎしただけでこの心臓の騒がしい様子が君に聞こえてしまうんじゃないかと、僕はもうそればっかりに気が気ではなくって、だから一向に距離は縮まらないまんまだった。
そうしてゆるゆると夜に向かっていく世界。
つい先刻まで茜色に鮮やかに染まっていたあの雲は、今では穏やかな薄紫色へと変じている。いや藍色か。
さっきの虹、と唐突に君が呟いた。まるで溜息のついでに言ってみた風に、詰めていた息を吐き出すようにふっと、肩をすこしだけ揺らして。
そんな君の様子にもどうしようもなく胸が騒ぐ。
さっきの虹、綺麗だったね。
綺麗だったねと夢見るように囁く君が綺麗だと強く思いつつ、どうしようもなく僕はただうんと頷くことしか出来ずに、でもようやく目を上げて隣を見やると、予期せず君の微笑んだ少し困ったような瞳とぶつかった。
俺と居るの、和谷は退屈?
こうしてるとすごく世界が満たされたような、もうなにもいらないような気持ちだから、だから俺はこのまま和谷と居ても全く困らないんだけど、と君がそんな目をしたまま言ったから、僕の名前をその声で呼んだから、だから僕はもうどうしようもなくなってどうしようもなく慌ててしまって。

強く抱き締めたら、僕の腕の中君は少しだけ驚いたように身動ぎして、それからまたゆるゆると夜に向かうこの薄闇の部屋の中、二人ともじっとただ座っていた。






君の腕がそっと僕の背に回った。






20040714
和谷サイド。