ある冬の日の出来事。

サンタクロースなんて信じないよ、少し口を尖らせてきみはそう言う。




そしてそれから。






ぼんやりと眺めていた空が次第に茜から色を失ってゆく、ちょうど太陽が落ちた瞬間の、世界が青に染まる時間が僕は好きだった。

いすみさんいすみさん、ごめんちょっとようじができちゃっていかれないや、ホントごめん。あとで、あとでもういちどまちあわせしてもいいかなあ。

さっき、ベンチでぼんやり座っていた僕の携帯電話からきみの本当に申し訳無さそうな声が聞こえた、お昼過ぎの出来事。
十二時のチャイムなんかとっくに鳴り終わっていたのに、きみはいつまで経っても影も形も見えやしなくって。
なのに、僕は少しほっとしていたんだった。約束の場所で。
きみに会いたくて会いたくて会いたくて仕方なかった。それも本当。
でも僕はきみに会ってどんな顔をして良いのかなんて言ったら良いのか、そうだ鞄の中のプレゼントだって実際のところどう渡せば良いのかすら、僕にはさっぱり見当もつかなかったから。
どうしてこんな気分になってしまったんだろうきみの存在が僕を落ち着かなくさせる、いつからだろうもしかしたら最初からなのかもしれない。

悲しいなあ、と強く思う。

すっかり青に染め上げられた風景、クリスマスの今日は何処と無く明るくて淋しくて余所余所しくて人懐っこかった、そんな景色がすっかり、僕の知っているいつもの街の匂いになる、そんな薄暮の時間。
ああいいよ大丈夫、だなんて冷静に僕は返せただろうか。改めて約束したのは午後四時半の繁華街、あの本屋で待ってるよだなんて、努めて明るい声を出した僕にきみは、最後までごめんなさいごめんなさいって言いながら電話を切った。僕ははたして上手に喋れていたんだろうか。
電話を切った時、自分の手が震えているのに気付いて、ちょっと笑った。

でもそのかわりきょうはとことんあそべるからしゅうでんまででもへいきだよなんて、じゃあ家族とのケーキはキャンセルしたんだろうかなどと考えながら僕は、のろのろと家へ戻ってそれから脱力したようにベッドの上に倒れ込んで、ベッドの上でうつ伏せになったまま、でも寝るでなくぼんやりと目は机の上の動かない時計をぽっかりと見つめていたんだった、じっと暖房の入っていない深々と静かに寒い部屋で。さっきまでずっと。
庭の山茶花は朝と同じに赤くふわりと咲いていたけれど、僕はもうまったくそれに気を向けるゆとりすら無くてただ一心に、きみの顔を見たいとそればかり考えながらこうして歩く、ほら約束の本屋はもう目の前、時間は四時十分を回ったところだった。
店頭には所狭しと子供向けの絵本の山、それが全部サンタクロースの表紙なのが奇妙におかしくて、きみはサンタなんて信じないよと少し拗ねたように言った、それをふいに思い出す。
僕もまったく同感だ、サンタなんてこの世に居やしない。
小さな子供が無邪気にサンタさんきょううちにちゃんとくるかなあなんて、母親に問いかけながら絵本を眺めている横をすり抜けて僕はいつもの場所、本屋の奥まった角のほんの僅かな一角で雑誌を眺める、囲碁の雑誌なんて先客はいつだって誰も居やしなかったから、そこは僕の専用特等席みたいだった。

メリークリスマスメリークリスマス。
さあ居るならプレゼントを。

きみがサンタなんて居ないと言った時、少し悲しかったのは多分僕のわがまま、きみが居るといったならば僕も信じられたかもしれないから。

さあクリスマスの奇跡を、さあ。

もしかしてきみが僕のことを本当に好きで、好きだって言ってくれるかもしれないって信じられたかもしれないから。

僕は君が好きで好きで好きで。
多分そういう事。

通りをきみが歩いてくる、見なくたってきっとそうだほら約束の時間まであと少し。
好きだよと言葉で伝えたらこの気持ちが今よりきっと温かい、幸せになれると思った、君へのクリスマスプレゼントはマフラーできみからのクリスマスプレゼントは何だろう、そうだこの前壊れたあの机の置時計、そんな気がするよ。僕は雑誌の影でくすりと笑った。

ねえこんなにくすぐったい気分になるくらいきみが好きだよ和谷。






通りの喧騒を掻き分けるように、きみの声が僕の耳に届いた。

僕の欲しい物は、きっときみの手の中。






2004.12.26
伊角さんサイド。